「自分が浮気をしてしまった」「自分から家を出てしまった」など、婚姻関係の破綻に主な責任がある側の配偶者を、法律用語で「有責配偶者(ゆうせきはいぐうしゃ)」と呼びます。
日本の法律や裁判の実務では、原則として「有責配偶者からの離婚請求は認められない」とされています。自分から勝手に家庭を壊しておきながら、「離婚してほしい」と一方的に要求するのは身勝手であり、相手の生活を脅かすことになるからです。
しかし、絶対に離婚できないわけではありません。この記事では、有責配偶者からでも離婚が成立するケースと、裁判所で例外的に認められる「3つの条件」について詳しく解説します。
1. 原則:相手が合意すれば「いつでも」離婚できる
まず大前提として、有責配偶者からの離婚請求が厳しく制限されるのは「裁判(訴訟)」になった場合です。
当事者同士の話し合い(協議離婚)や、家庭裁判所での話し合い(調停離婚)においては、相手が離婚に合意さえすれば、理由を問わず離婚は成立します。
有責配偶者が協議や調停で離婚を成立させるためには、相手に納得してもらうための「誠意」を示すことが不可欠です。具体的には以下のような条件を提示することが一般的です。
- 相場よりも高額な慰謝料を支払う
- 財産分与で相手の取り分を多くする(または全額譲る)
- 相場よりも高い養育費を約束する
相手が「それなりの条件を出してくれるなら、もう離婚してもいい」と納得すれば、有責配偶者からでも問題なく離婚できます。
非有責配偶者による有利な交渉戦略図
| 交渉項目 | 有責配偶者の状況(離婚したいため) | 非有責配偶者の有利な交渉スタンス(主導権) |
| 離婚するか | 裁判では勝てないため、なんとしても協議・調停で相手に合意してもらいたい。 | 「納得できる条件が提示されない限り、絶対に離婚しない」という強気の姿勢を崩さない。(拒否権が最大の武器になります) →別居していても婚姻費用の請求ができるので、すぐに離婚してしまうより有利! |
| 慰謝料 | 離婚に応じてもらうための「誠意」として、相場よりも高額な支払いを提示せざるを得ない。 | 相場にとらわれない強気の金額を要求する。「〇〇万円を一括で支払うなら離婚に応じてもよい」と交換条件にする。 |
| 財産分与 | 相手の取り分を多くする、あるいは全額譲るなどの譲歩が必要になる。 | 今後の生活基盤を確保するため、最大限の要求をする。(例:自宅の所有権を譲らせる、貯金の大部分を確保するなど) |
| 養育費 | 相手を納得させるため、家庭裁判所の算定表(相場)よりも高い金額を約束する必要がある。 | **相場以上の金額や、大学卒業までの支払いなどを強気に要求する。**支払いが滞らないよう、公正証書等の作成も必須条件とする。 |
有利に交渉を進めるための鉄則
有責配偶者を相手に交渉する際、最も効果的なのは「こちらは急いで離婚する必要はない(最悪、離婚しなくても構わない)」という態度を維持することです。
相手は「早く新しい生活に進みたい」「不倫相手と再婚したい」などと焦っているケースが多く、時間が経つほど相手の方からより良い条件(お金)を提示してくる傾向があります。
相手の言葉に流されず、「高額な慰謝料」「有利な財産分与」「手厚い養育費」という目に見える形での「誠意(金銭的補償)」が完全に揃ったと納得できたタイミングで、初めて離婚に合意することが、非有責配偶者にとって最も有利な交渉術となります。
2. 裁判で有責配偶者からの離婚が認められる「3つの条件」
相手が絶対に離婚に応じず、調停も不成立となって「裁判(離婚訴訟)」に発展した場合、原則として有責配偶者は敗訴(離婚できない)します。
しかし、昭和62年の最高裁判所判例により、以下の3つの条件を「すべて」満たしている場合に限り、例外的に有責配偶者からの離婚請求が認められるようになりました。
条件①:夫婦の別居が「相当の長期間」に及んでいること
夫婦としての実態が完全に失われ、修復不可能な状態が長く続いていることが必要です。 「長期間」の明確な基準は法律で決まっていませんが、過去の判例から見ると、おおむね7年〜10年以上の別居が一つの目安となります。同居期間に対して別居期間がどのくらいの割合を占めるかも考慮されます。
条件②:夫婦の間に「未成熟の子」がいないこと
未成熟の子とは、経済的に自立しておらず、親の保護を必要とする子どものことです。(年齢だけで決まるわけではなく、高校生や大学生も未成熟子に含まれるケースが多いです)。 親の身勝手な離婚によって、子どもが経済的・精神的なダメージを受けることを防ぐため、未成熟の子がいるうちは原則として離婚が認められません。
条件③:相手方配偶者が「過酷な状態」におかれないこと
離婚によって、離婚を請求された側(配偶者)が、精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれないことが条件です。 例えば、離婚されると相手が生活保護を受けざるを得なくなるような状況や、重い病気を患っている相手を放り出すようなケースでは認められません。これをクリアするためには、有責配偶者側が十分な生活費(婚姻費用)を継続して支払ってきた実績や、離婚後の手厚い金銭的補償を提示していることが重視されます。
最高裁判所の判例上、これら「3つすべての条件」を同時に満たしていなければ、有責配偶者からの離婚は認められません。
裁判で有責配偶者からの離婚が認められる3条件と具体例
| 条件 | 概要 | 認められる可能性が高い例(〇) | 認められない可能性が高い例(×) |
| ① 相当の長期間の別居 | 同居期間や年齢に比べ、修復不可能な別居が長く続いていること。(目安は約7〜10年以上) | 同居期間5年に対し、すでに10年以上別居状態が続いている。 | 同居期間20年に対し、別居してからまだ3年しか経っていない。 |
| ② 未成熟の子がいない | 夫婦の間に、経済的に自立しておらず親の保護が必要な子どもがいないこと。 | 子どもがすでに大学を卒業し、社会人として独立している。 | 中学生や高校生など、生活や学費で親の支援が必要な子どもがいる。 |
| ③ 相手が過酷な状態に置かれない | 離婚によって、相手方が精神的・社会的・経済的に極めて悲惨な状況に追い込まれないこと。 | 相手が就労しており、かつ有責側から十分な慰謝料や財産分与が支払われる。 | 相手が重病で働けず、離婚されると即座に生活保護に頼らざるを得なくなる。 |
【実務上の重要なポイント】
特に③の「過酷な状態」を回避するためには、別居中も有責配偶者が婚姻費用(生活費)を継続して支払い続けてきた実績が非常に重視されます。勝手に家を出て生活費も一切入れないような悪質なケースでは、どれだけ別居期間が長くても離婚請求は棄却される傾向にあります。
3. 有責配偶者が離婚調停を進めるための戦略
「セルフで完結」を目指す場合でも、有責配偶者という立場は非常に不利であることを自覚して進める必要があります。調停を成功させるためのポイントは以下の通りです。
- 事実を認め、謝罪の姿勢を見せる 調停委員に対して「自分は悪くない」と自己正当化すると、心証を著しく悪くします。自分の非(不貞行為など)は素直に認め、反省している姿勢を示すことがスタートラインです。
- 金銭的な誠意を具体的に提示する 「誠意」とは言葉ではなくお金です。慰謝料〇〇万円を一括で支払う、家は無償で譲るなど、相手の今後の生活を保障する具体的な提案を調停委員に伝えてもらいましょう。
- 時間をかける覚悟を持つ 相手の怒りや悲しみが強い時期は、どんな好条件を出しても「絶対に離婚しない」と拒絶されることが多いです。調停が不成立になっても、婚姻費用(生活費)をきちんと払いながら別居期間を積み重ねることで、数年後に相手の気持ちが変わり、離婚に応じるケースは少なくありません。
まとめ 有責配偶者からの離婚は、相手の合意が得られなければ非常にハードルが高いのが現実です。裁判で強制的に離婚するためには「約10年の別居」「未成熟子がいない」「相手の生活を脅かさない」という厳しい条件をクリアしなければなりません。 早期の離婚を望むのであれば、裁判になる前の「協議」や「調停」の段階で、相手が納得できるだけの十分な金銭的補償を用意し、誠実に交渉することが最大の近道となります。
